・村井県政の隠蔽体質の綻び

県の公式ホームページから田中康夫・前知事の約6年間の施策などに関する項目が削除されていた問題で、
県は一部を復活させています。


再び掲載されるようになったのは、田中氏時代の知事会見録や県広報紙、
田中氏の打ち出した「脱ダム宣言」や「脱記者クラブ宣言」など。


県は、村井知事が就任して約1か月後の10月3日、田中氏関連の項目をHPから削除していた。
村井知事は同月12日の会見で
「前知事の個性が非常に表れ、今もなお県の公式サイトであり続けるのはいかがなものかと思った」
と理由を述べていたが、
「行政の継続性を考え、データベース的なものは掲載したい」(県広報課)
として、復活することにした。


これまで削除されたデータは、県庁の広報課にあるパソコンや、
田中氏を支援する県議会会派のHPでは閲覧が可能だったが、
県にも問い合わせが寄せられていたということです。


国家公安委員長時代の「お大臣様」の認識で情報を操作することで権力を発揮するつもりでいたのでしょうが、
県の情報は県知事のものではないことに気が付いていなかったようです。
お大臣様、殿様気分で、意のままになると思い込んでいたのに、思い知ったか・・・。


私設秘書を全員県の職員として身の回りを固めたのも、自分の危機管理のためだと思われます。
代議士時代に受け取った数々の「袖の下」が漏れるのを防ぐには、腹心を外に出すのは危険と判断。
側近として各所に配置しておけば、これまでどおりに袖の下をいただける。
代議士時代と変わらぬ集金システムが稼動するということです。