・時間を棒に振るのは原発事故だけではない

福島第一原発の事故収束に向けた工程表が東京電力と政府から、それぞれ発表されました。
メルトダウンの発覚に伴って冷却方式を見直したとありますが、専門家の批判は避けられません。
専門家でなくてもプラント屋なら誰でも、事故の初期から漏洩水を循環させる冷却ループをなぜ早急に構築しないんだと疑問に感じていたと思います。

小出・京都大学助教の言葉を借りれば「格納容器に損傷があるのは分かっていたのに、ばかげた作業にこだわり、約一ヶ月を棒に振ってしまった」と手厳しい。
日本のトップ企業が、このような稚拙な対応をとるのはどうしてなのか。
組織が官僚化している事が原因だと思われます。

原発事故にはマスコミの注目が高く皆さんの視線も注がれていますが、指摘されていない重大な課題が身近にあります。
長野県の辰野町から中川村までの「上伊那郡部」では、ごみ焼却場の計画が着々と進められています。
駒ヶ根市のゴミも、もちろん含まれています。

私は焼却場の計画策定の段階で委員会に参画していましたが、途中で断念しました。
事務局の出してくる提案を追認するのが委員会の役目であって、問題点を指摘して改善を要求することが受け入れられなかったからです。
委員会の名称はその名も「ごみ処理基本計画推進委員会」でしたから、推進に抗うような意見は事務局には要らないようでした。

私の意見が事務局に受け入れられないのは、意見に無理があったからだととの指摘もありましたが、実は無理ではなかったことが新たに発足したごみ処理全般について審議する廃棄物政策審議会の初会合で明らかになりました。
事務局からの提案で医療系廃棄物と下水道汚泥を処理対象から外すことになりました。
さらに、連合長でもある白鳥・伊那市長からは生ゴミゼロを目指すので施設をなるべく小さくしたいとの言葉が発せられました。

かつて私が委員だった頃、焼却ゴミの40%を占める生ゴミは堆肥化や資材化を優先して焼却対象から除くように提案しました。
しかし、当時の事務局は拒否しました。
下水道汚泥の焼却もばかげているから止めるべきだと提案しても同様でした。

あれから二年、伊那市長と事務局が何を思ったかは知りませんが、結果として私が提案した内容に沿う形で計画が変更されることになりました。
原発事故の工程表と同じです。
できないとの思い込みが先走って、貴重な時間を棒に振ってしまっている。

駒ヶ根市でも、官僚化した組織ができることをできないと決め付け、後になって私の提案どおりに計画を変更したことがありました。
駒ヶ根市の東中学校を廃校にして、合併特例債の資金を使った新たな中学校を建設する無謀な計画がそれです。
生徒数のアンバランスを理由に挙げていた教育委員会に対して、私は通学区の段階的な変更で対処可能だと指摘しました。
しかし、当時の教育長や教育次長は「通学区は絶対に変えない」の一点張りで、なんとしてでも学校移転で箱物建設のうまみを得ようと必死でした。

ところが、合併そのものが頓挫したために『絶対やらない』とされてきた通学区の段階的な変更がすんなりと取り入れられてしまったのです。
できるけれどもやらない。
その裏には、何らかの利権が必ず潜んでいます。
また、できないと思わせたいのにできると指摘する意見は封じ込められます。

原発事故の収束は日本の国力を上げて取り組まなければならないのに、駒ヶ根や上伊那といった田舎のドタバタと同レベルのところが危惧されます。
国がこんなだから地方が腐敗するのか、地方の寄せ集めが国の組織を形成しているので中央集権で膿が集約するのか。
ばかげた時間の浪費が日本全体に蔓延しているなんてことを皆さんはご存知でしたか?